ポイント呪縛からの解放
「損をしたくない」という強迫観念からの脱却
貧乏性を自らさらけ出すようで何だか恥ずかしいのですが、昔からショッピングなどで付与される“ポイント”と名の付くモノに異常に執着をするタイプでして、「ポイントを上手に利用して最大限にお得感を享受したい」と、昔からそのことばかり考えていました。
“罠”というと語弊がありますが、“ポイント沼”には頭の先までどっぷり浸かったものです。
中でも購買促進におけるポイント戦術の最も巧みな例と言えば、やはり“楽天スーパーポイント”でしょうか。
会員ランク制とエントリーポイント倍付け制による衝動買いの誘発、そして期間限定ポイントを消化するために買うモノを探す本末転倒な購買行動の誘発。
まるでたどり着くことのないハムスターの回し車にでも乗っているかのようです。(ちなみに、自分のダイヤモンド会員歴は3年6ヶ月です・・・照)
中毒性すら感じるショッピングポイント制
ポイント集めやポイント消化に追われると、常に欲しいモノ・必要なモノを探すことに追われ、本来の目的を見失いがち。そこには中毒性すら感じます。
ましてや「ポイントが付くから」「使わないともったいないから」という動機としては不純だとわかってはいるものの、お得感が顔を出すと、たちまち「損をしたくない」という強迫観念が首をもたげます。
ポイント制度のスタートは、ギブ・アンド・テイクの精神によるものなのか、それとも財布の紐を緩めるための誘い水なのかは、コロンブスの卵と同様、自分にはわかりませんが、最近になりようやく、ポイント制度について懐疑心を持って向き合い始めています。
必要な時に必要なモノだけを購入することが本来あるべき姿。しかし、モノに溢れ、安くて機能的な商品が簡単に手に入る時代ゆえ、モノ本来の価値やモノの存在意義はつい見失いがちです。
道具としての存在に対する有難さを(反対に無いことの不便さも)実感してこそ、存在価値に対してお金を支払い手にするのできるのだと、至極当たり前のことを、しかしすっかり忘れていたことを、ふと思い出していました。
ポイントがお金の価値を上回ることは無い事実
実はここ数日、2月末で失効する予定の、あるポイントの使い道を巡り悶々とした日々を過ごしていました。
たとえ少額でも何かモノを購入すればポイントの有効期限は延長されるし、もちろん買い物の代金の一部としてポイントを利用することも可能。
しかし、正直欲しいモノもないのに「何か購入すべきモノはないか」と、ずっと探している自分に辟易して、これ以上悩むことと、有効期限の迫ったポイントを放棄することにしました。
「ポイントを大事にするあまり、お金の価値を軽んじてはいないだろうか?」
自問自答する中でそのことを見失っていたことに気付き、ポイントの呪縛からの解放の道を選びました。
(グッバイ、ハウスポイント)
いざポイントが失効してしまえばなんてことは無い、無駄な買い物をしなくて良かった、と思えるのですが、「損をしたくない」という意識が自分自身を無意識のうちに追い込むんですね。これを機に何とか脱却したいものです。
早いものであっという間に2月も終わりを告げ、春の香りを感じる3月の到来。
まるで憑りつかれたようなポイント呪縛から解放されて気分も一新、晴れやかな気分で日々を過ごして参りたいものです。
2016年3月3日