【本】生涯投資家/村上世彰(文藝春秋)
投資家に必要なのは妥協なき信念か
村上世彰氏率いる「村上ファンド」を一躍有名にしたのは、ライブドアによるニッポン放送買収騒動と、それに絡むインサイダー取引疑惑であろう。5年にわたる裁判の後、村上の有罪が確定し収監されたため、世間にはいまだに悪い印象を持つ方も多いかもしれない。
しかし村上氏は、近年企業に浸透しつつあるコーポレートガバナンスを株主の立場で声を上げた先駆的存在である。
(生涯投資家/村上世彰)
村上氏は通産省(現経済産業省)に勤務時代、多くの法整備に携わる中、欧米のコーポレートガバナンスを研究し、官僚としてではなく株主として社会を変えたいという思いから自身のファンドを設立。それまで日本に浸透していなかったコーポレートガバナンスの重要性を強く訴えてきた。
当時の日本企業は、株主を置き去りにしていた旧態依然とした企業風土が定着しており、経営陣による企業の私物化も散見され、コーポレートガバナンスとはかけ離れた空気で蔓延していたが、村上氏はそこに風穴を開けていった。
ファンドの活動はたった9年間であるが、自らの保身しか考えない経営者以上に企業を思い、その間に東京スタイル、西武鉄道、阪神鉄道、フジサンケイグループなど、多くの経営に株主として様々な提言をしてきた。
時には好意的に受け取られるものの、しかし多くは敵対視され一向に進展がない中においても、その発言は「コーポレートガバナンスが効かず、資金が循環しないこと」を問題視し、その主張は一貫していた。
「上場している以上、企業は社会の公器であり、資金をいかに効率的に使い収益を上げ、過剰な内部留保は配当や自社株買いで株主に還元し、資金調達の必要がないならばMBOをして非上場化することを提案する」
この姿勢は、最近の株主還元の流れと合致していることからも、村上氏が主張してきたことにようやく時代が追いついてきたことがわかる。
ご本人も自覚するとおり、短気故につい声高になり、周囲には誤解を招くことも多々あって、またインサイダー取引疑惑で逮捕されたことで世間からの視線は大変厳しくなったが、欧米ではすでに当たり前となった企業と株主との新たな関係へと前進させた役割は大きい。
彼の登場がなければ、きっと日本はまだまだ旧態依然とした企業文化のままガラパゴス化し、諸外国からさらに一歩も二歩も後塵を拝していたはずだ。
(幾多の挫折を乗り越えて)
村上氏の歴史は戦いの歴史である。相手は一企業ではなく、「株式会社日本国」との戦いの歴史だ。投資に関心のある方はもちろん、上場企業に勤める人には企業とは何か、上場とは何かという根本から考えさせられることだろう。
様々な経済界の重鎮との人脈を通じたやりとりや手に汗握るプロキシ―ファイトなど、村上氏の半生と共に彼の戦いの様子も読みごたえ十分である。
「村上ファンド」時代にばかりフォーカスし、あまり触れなかったが、最近の村上氏の動向もまた面白く、まさに「生涯投資家」、タイトルどおりの人生を歩んでいる。
彼のように信念に妥協しないぶれない生き方は大変な苦労や辛さ、時には痛みを伴い、また挫折も多いが、読者には何とも気持ちの良い生き方に映る。