【本】きょうのできごと、十年後/柴崎友香(河出書房新社)
「さびしいね。そんなに簡単に、夢中になられへんね。もう」
けいとのポツリとこぼす言葉に心を両手で絞り上げられた気がしてひどく胸が痛んだ。
最近では懐かしい顔に会うことがいささか億劫になった。
きれいだったあの子が少しばかり老けて、パッとしなかったアイツが成功している。そんなことに一喜一憂しながら、自分の今の立ち位置を確認している気がする。
自分の進んできた道が果たして正しかったのか、他人と比較して自分の居場所を確認する行為。そんなこと、他人を見てもわかりはしないし、もう引き返してやり直すにもいささか年をとり過ぎた。
誰もがここまでまっすぐ進んできたわけではない。暗中模索、紆余曲折しながらそれぞれの場所に立っている。皆ある程度の後悔もしてきたし数々の失敗もしてきた。
だから他人を尺度に自分の居場所を確認するなんて、何の意味もない。結局は自分が進んできた道が正しかったと思えるまで葛藤するに違いない。そんなことはわかっている。その自覚もあるはずなのに・・・。
(きょうのできごと、十年後/柴崎友香)
変わらないことと変わってしまったこと、それからこれまでに経験してきた数々の失敗と妥協と諦めと・・・。
変化に取り残された者、流されてしまった者、果たしてどちらが幸せなのだろうか。きっとどちらも戸惑いながら、華やかな20代の残像を残す世界を、後ろ髪を引かれる思いで生きている、そんな気がする。
もう簡単にはときめかない、冷めた30代の主人公たちが今の自分の姿と重なった。
イトウやキカの存在は、そんな現実を突きつけている。以前に増して早くなった時の流れに急き立てられながら、どこへ流れていくかを必死で考えている、今はそんなところだろうか。
いつからか「可能性」と言う言葉を忘れてしまった、ふとそんなことを思い出す。
道に落としてきてしまったか、もしくはベンチに置いてきてしまったか、もはや思い出せない。すでに失われてしまったモノについて(いくらかの重いため息を吐きながら)訣別を決心すること。それが今この時なのかもしれない、と。
そしていつか、この不安や焦燥感も忘れてしまうのだろうか。
いずれ、もう戻れないことを悟る時が来て、諦めた瞬間に人は大人になるのだろうか。
それでもいい、今はもうしばらくの間、この場所に留まっていたい。
そんな風に考える間にも、時間だけは静かに過ぎ去っていく。
(注)これは書評でもあらすじでもなく、読みながら自分が感じたことをつらつらと書いています。小説の内容とはほとんど関係ありません。帯にある行定監督のコメント、映画化はぜひ期待しています!
TAGS: 柴崎友香 | 2014年10月24日