【RUN】2024年2月の月間走行距離は129km。5年ぶりのさいたまマラソンでサブ4を達成!
2024年2月12日、さいたまマラソンに出場しました。フルマラソンは5年ぶりの出場です。前回のタイムは4時間31分27秒と、残念ながらサブ4.5を切ることができず非常に悔しい思いをしました。いつかはリベンジを果たそうと誓ったもの、その後さいたま国際マラソン自体が開催中止に。
その他のマラソン大会もCOVID-19の流行で3年近く開催が中止されており、その間にいつか訪れるであろうフルマラソン出場の時に備えて日々黙々と走り続けてきました。
2023年、コロナとの長い闘いに終止符が打たれると、「さいたまマラソンが復活」との吉報が。フルマラソンをリベンジするにはこの大会しかないと思い、さっそくエントリー。目指すは5年間ずっと目標に掲げてきた「サブ4」の達成です。
万全の状態で出場したかったのですが、1週間前に長男の風邪をもらい、直前の練習はできず。大会2日前には今度は次男が発熱。インフルエンザだったら出場を見送らねばなりませんでしたが、陰性だったため辛うじて出場することができました。
誘った友人と久しぶりの再会を果たし、完走後にまた会おうとそれぞれのスタート地点へと移動。いざスタートです!
スタートから2キロ過ぎまでは混雑からほとんどスピードが出せず、なかなか自分のペースで走れない。サブ4を達成するには平均5分40秒ペースで走り続けなければなりませんが、序盤からキロ6分ペースとかなり遅いペースでヤキモキする時間が続きました。
レース後半は疲労からどうしてもスピードが落ちることを覚悟していたので、前半で大きくタイムを稼いでおくべきか、とも考えましたが、自分が最も楽で負担なく走れるスピードを維持することが、トータルのタイムでは最もイイ影響が出るだろうと判断。
特に意識して飛ばしたり、逆に抑えたりせず、淡々と走ることができるスピードで。距離が進むにつれてキロ5分30秒から次第に5分まで上昇。それ以上スピードを上げるのは危険なので、上げ過ぎに意識しながら20kmを無事に突破。
唯一持参していたゼリードリンクをこのタイミングで補給し、あとは5kmごとにある給水を全てとって一口だけ含んでは口の中を潤し、脱水症状を予防。これも足の痙攣や熱中症を防ぐための過去の反省を踏まえて意識的に取り組みました。
給食ではご当地銘菓など楽しみがたくさんあったにも関わらず、実際に走ってみると食を楽しむ余裕もなく、唯一手にすることができたのは塩飴1つだけ。恐らく給食も払った参加費に含まれていたはずなので勿体無かったのですが、無理しなかったおかげか30kmもスピードを落とさず無事に通過。
スタート前、大会アンバサダーの野口みずきさんが「30km地点が折り返し地点だと意識するといい」とおっしゃっていて、そのことを言い聞かせて走り始めたので、30kmまでは結構苦しかったですが、30km過ぎからは逆に気分がずっと楽になりました。
30km過ぎからはさすがに足に疲労が出始めました。足の付け根とふくらはぎ、そして足の裏。特に足の裏は着地のたびに痛みますし、足の付け根も痛みで足が上がり難くなります。
とは言え、痛みをかばって走ればスピードは落ちます。逆に痛みを意識を向けず、無視をすればいくら痛くても足は前に出るしスピードは落ちない。あいにく我慢できない痛みではない。「痛くない、気にならない」と自分に言い聞かせながら1kmずつ着実に積み上げていきました。
そして35km過ぎ、最大の難所である新浦和橋に差し掛かりました。前回はこの急こう配にとうとう足が攣り、歩かざるを得なくなった鬼門です。
この坂を上る頃にはふくらはぎがぴくぴくと痙攣を起こしかけていましたが、何とか抑え込んで前傾姿勢で上っていきます。足が攣らずに済んだのは、毎回きちんと給水を摂ったおかげでしょう。
新浦和橋を越えると、もう否が応にもゴールを意識してしまいます。「残り〇km、サブ4達成まで〇分あるから、キロ6分台でも達成できる!」などと、1km進むごとに残り時間と距離から計算してばかりいました。
それでも沿道の声援に背中を押され、序盤の混線状態を除ければ5分台をキープしたまま完走することができたことは自分でも驚きでした。
「ここまで来て、もしサブ4を達成できなかったらまたこの苦しい思いをしなければならない。それだけは絶対に嫌だ!」という思いが、距離が進むにつれてどんどん強なっていきましたが、身体が言うことを聞くかどうかは別でしたので。
そしてネットタイムは「3時間51分30秒」。念願のサブ4を達成することができました!
サブ4達成にはベストタイムから30分以上もタイムを縮める必要があります。当初はなんて無謀な目標を立てたものだと思いましたが、あとには引けないようブログでも公言していましたので、今は安堵しかありません。
夏場でも常にマスクをつけて走り込んできたことによる心肺機能の強化と、月間100km以上を4年以上続けていた練習の賜物かと思います。
ゴール直後は「フルマラソンなんてもう二度と走りたくない!」と思い、嫁さんにも「目標は達成したし、フルマラソンはこれで引退」と言ったのですが、数日すると苦しかった思いは薄れて楽しかった思い出ばかりが思い出され、そのうちまた出場するかもしれません。
フルマラソン完走後は2日ほど休養し、練習をまた再開しました。
とは言え、フルマラソンを完走した達成感や、月末の長雨、そしてインフルエンザB型に罹患するなど、結局2月はトータル10走に留まり、走行距離も129.21kmで終了となりました。ノルマである月間120kmは19カ月連続でクリア、月間100kmも55カ月連続でクリアをしています。
さて、サブ4の次は何を目標に掲げるか。モチベーションを維持するためにも、早く次の目標を見つけたいと考えています。