【本】零の晩夏/岩井俊二著(文藝春秋)
自分は昔から岩井俊二監督の映画の大ファンですが、一方小説についても2015年の「リップヴァンウィンクルの花嫁」を読んで衝撃を受けて以来小説も新旧問わずに読み漁り、映画だけでなく小説でもすっかり岩井俊二の世界観にハマりました。
6月の繁忙期を切り抜けた直後に届いた「零の晩夏」、しばらく読書に餓えていた自分の欲求を満たすには十分な一冊でした。
岩井俊二が描く、生と死の輪郭線。モデルが例外なく死に至るという“死神”の異名を持つ謎の絵師ナユタ。その作品の裏側にある禁断の世界とは。渾身の美術ミステリー。
文藝春秋
ラストレター以来2年ぶりの書下ろし。残酷な現実と小さな希望、岩井俊二の描く作品にはいずれも”冬の寒空の中に差すわずかな太陽の温もり”を感じるのですが、今回もそんな印象を強く受けました。
謎を紐解いて伏線を回収していく、最後の最後まで緻密に伏線が敷かれており、ぐいぐいと引き込まれる展開に本を置くことが躊躇われるほど、あっという間に読み終えてしまいました。その面白さは読み終えた直後から再び読み返したくなる衝動に駆られるほど。
岩井さんが書く小説は映画化を前提として書かれることがほとんどだと思いますが、小説は感情の描写やストーリーの伏線が綿密に描かれており、個人的にはこれらを味わうのに2時間程度の尺に納めるには短過ぎるように感じます。
「この物語を味わうためには、実写化せず小説のまま読者それぞれのペースで咀嚼しながら味わった方がいい」
出来のいい小説ほどそんな風に思うのですが(岩井さんの小説はほとんどそう思っている)、今回の小説には特にそのことを強く感じました。尺に収めるためにそぎ落とすような部分を、(少なくとも自分には)読んでいて見出せなかったから。
岩井映画のファンとして映画化を望まないというのもおかしな話ですし、それを尺に収めて作品にするのが映画監督の真骨頂なのでしょうが(岩井監督が映画化したらもちろん想像の上をいく作品になる確信はあります)、小説を読んで自分の中で映像化された世界は発展的であり、それを映画で上塗りされてしまうのは惜しくて、それはそれでそっと取っておきたいと思うのです。
読者それぞれが自分の中で映像化できる物語、映画監督だからこそ書ける小説なのだと思います。この夏、ぜひともオススメしたい1冊です。